Share

夫がメイドを私の名前で抱いた――すべてを奪われた元・天才医療研究者は、冷徹社長に溺愛される
夫がメイドを私の名前で抱いた――すべてを奪われた元・天才医療研究者は、冷徹社長に溺愛される
Penulis: 悠・A・ロッサ

第1話 誰がお前の主人か、答えろ

last update Tanggal publikasi: 2026-08-11 13:06:22

「昨日の奥様は、ご機嫌でしたね」

 朝食の花を替えていた使用人に言われ、私は手を止めた。

「昨日の私?」

「はい。先月、正臣様が買ってくださったばかりの、あのGUCCIの青いワンピースを。旦那様とお出かけになるときに」

 私は昨日、一歩も屋敷を出ていない。

 桐谷きりたに 灯里あかり、三十一歳。この家で「奥様」と呼ばれるのは、私一人のはずだった。

「人違いじゃない?」

「ですが、お顔も……。申し訳ありません」

 気味が悪い。

 そう感じたけれど、思い当たることがあった。

 先月、友人に「銀座でそっくりな人を見た」と言われた。

 先週は、青いワンピースと白いコートがクローゼットから消えた。

 三日前には、夫の久条正臣から贈られた香水が、鏡台から瓶ごとなくなった。

 住み込みのハウスキーパー、相良莉乃は、知らないと言った。

 けれど、にんまりと笑う莉乃の顔が浮かんだ。

* * *

 食堂へ入ろうとして、足を止めた。

 八歳の息子、奏汰の甘えるような笑い声が聞こえる。

 このごろ、私にはあんなふうに笑わない。

 扉の隙間から見ると、奏汰は莉乃の腰に抱きついていた。

「奏汰。やめなさい」

 私が呼んでも、奏汰は腕を離さない。

 莉乃が振り向いた瞬間、薔薇を包む温かな木の香りが届いた。

「……その香水」

 ヴァレーヌの限定香水〈サンタル・ロザ〉。

 結婚した年、正臣が私に選んだ香りだ。

「薔薇なんて、君の前ではただの花だ。美しくて、賢明で、何ひとつ間違えない。君は僕の女神だ」

 正臣は香水をつけた私の手首へ唇を押し当てた。

「君を信じていれば、僕も間違えない」

 私はそれを、愛だと思っていた。

 その香りが、今は莉乃の首筋から立っている。

 胃の奥が縮んだ。私のために選ばれた香りを、この女の体温で嗅がされている。

「その香水、私の部屋から盗んだの?」

「お借りしただけです。正臣様が、少しくらい構わないと」

「瓶ごと持ち出して?」

 莉乃は首筋へ指を触れ、香りを誇るように顔を傾けた。

「正臣様は、私にもよく似合うと」

「『少しくらい』って、あなたが決めることじゃない。それは私のものよ」

「正臣様がお許しくださったので」

「今すぐ洗い流して」

 声が低くなった。

「このママ、怖い。昨日のママがいい」

 奏汰が莉乃へしがみついた。

「昨日のママ?」

「パパが、莉乃さんは『もう一人のママ』だって。昨日は三人で出かけた」

「昨日は塾だったでしょう」

「パパが、たまには息抜きだって」

 昨日、奏汰は塾のあと疲れて眠ったと聞かされた。

 私は額に触れ、枕元の水を替えただけだった。

「莉乃さんのほうが、優しい。ゲーム、もう少ししてもいいって言うし、チョコも食べていいって言う」

 奏汰は私を見ずに言った。

 息を吸おうとしても、うまく入ってこなかった。

 奏汰は、私と同じ体質を持っている。甘いものも、寝る前のゲームも、積み重なると検査の数値に出る。

 全部、奏汰のためだった。けれど八歳の子にとっては、私が取り上げる母で、莉乃がくれる母なのだ。

 責める相手は、この子ではない。

 私は奥歯を噛み、言葉を飲み込んだ。

 朝食のあと、正臣へ「今夜、話があります」と送った。

 既読はついたが、返事はなかった。

 正臣に、何から聞けばいい?

 青いワンピースのこと? 香水のこと? それとも、奏汰にもう一人のママだと教えたこと?

 正臣には、何か説明があるのかもしれない。

 莉乃が勝手にやっただけかもしれない。

 奏汰を甘やかしただけかもしれない。

 正臣には、何か説明があるのかもしれない。

 そう思わなければ、椅子に座っていられなかった。

 夜十一時を過ぎて、正臣の車が屋敷へ入った。

 私は書斎へ向かった。朝のことを確かめるつもりだった。

 けれど書斎は暗い。

 寝室へ続く廊下から、女の声が聞こえた。

「あっ……正臣さま……だめ、そんな……」

 莉乃の声だった。途切れるたび、ベッドがきしむ音がした。

 寝室の扉は半分開いていた。

 床には、昨日の「奥様」が着ていた青いワンピースが脱ぎ捨てられている。

 ベッドの上では、裸の二人が抱き合っていた。

 正臣の背中に莉乃の脚が巻きつき、汗に濡れた肌が私のシーツの上で擦れている。

 正臣が裸の腰を引き寄せると、莉乃がのけぞった。

「あ、あっ……!」

 膝から力が抜けた。壁に手をつく。壁の冷たさもわからなかった。

 ここは私たちの寝室だ。私のシーツ。私の夫。

 なのに、どうして莉乃が裸で正臣に脚を絡めているのか、頭が追いつかなかった。

 朝に嗅いだ香水が、寝室いっぱいに満ちている。

「灯里。こっちを見ろ」

 耳の奥で音が止まった。

 今、誰の名前を呼んだの。

「んっ……正臣さま……」

 莉乃が甘く喘ぎ、正臣の胸へ頬を寄せた。

「灯里」

 正臣はもう一度、裸の莉乃を私の名前で呼んだ。

 その目が、莉乃の視線を辿って、扉の前の私を見た。

 正臣は莉乃の腰を抱いたまま、少しも慌てなかった。

 見せつけるように、莉乃の顎をつかむ。

「灯里。こっちを見ろ」

 正臣が呼んでいるのは私の名前。

 なのに、呼ばれているのは、莉乃だった。

「誰がお前の主人か、答えろ」

Lanjutkan membaca buku ini secara gratis
Pindai kode untuk mengunduh Aplikasi

Bab terbaru

  • 夫がメイドを私の名前で抱いた――すべてを奪われた元・天才医療研究者は、冷徹社長に溺愛される   第46話 俺にこの方たちを呼ばせておいて、俺を追い出すか

    「……そんなこと、言ってない」  説明会後の控室で、燎を見上げた。  何を言っているの。こんなところで。  そう続けるつもりだったのに、燎に腰を引き寄せられると、言えなくなった。  近づいた唇に、吐息が触れる。 「なら、離せ」  燎が、私のつかんでいる手首へ目を落とした。  離したら、この近さも終わってしまう。  それが嫌で、私は指に力を込めた。 「……いやよ」  燎の目が私の唇へ下がった。  今、自分が何を言ったのか分かって、顔が熱くなる。それでも、手は離せなかった。  唇が触れた。  思っていたより柔らかくて、すぐに離れたのが物足りなかった。  もう一度、触れたい。  首に手を回して、今度はもっと深く口づけたい。燎にも、私と同じくらい夢中になってほしかった。  手首から指を離し、その肩へ手を伸ばしたとき、扉の向こうで足音が止まった。 「続きは明日よ」 「明日もあるのか」 「仕事の話」  燎が笑う。  私も、今度は一緒に笑ってしまった。 ***  翌朝、奏汰の朝食と薬を見届けてから、私はSENOVAの開発室へ向かった。  約束の時間より少し早く着いたのに、神崎修一教授は、もう長いテーブルの向こうに座っていた。  小児消化器の共同研究を率いる医師だ。白髪の混じる短い髪と、動画で見ていた丸い眼鏡を見て、思わず足が止まった。  その隣に、エリック・ウォルシュがいる。海外の複数病院をつなぐ情報基盤を作った技術者で、背が高く、腕まくりしたシャツに細い時計をつけていた。  父と講演を見ながら、いつか直接話を聞いてみたいと言っていた二人だ。  半年先まで予定が埋まっている人たちが、本当に目の前にいる。まだ試作品もできていない、私の研究のために。  燎は、本当にこの二人を呼んでしまった。  なんて人なの。  手にしていた端末を持ち直した。  父にも見せたかった。でも、今日は私が話すのだ。 「桐谷灯里です。お時間をいただき、ありがとうございます」  神崎が立ち上がり、握手をした。 「お父様とは、一度お会いしました。あなたが続きを作っているそうですね」  父の名前を知っているのか。  嬉しかった反面、急に緊張した。期待されるのはありがたい。でも、父の娘だからで終わりたくなかった。 「最初は息子のためでした。今

  • 夫がメイドを私の名前で抱いた――すべてを奪われた元・天才医療研究者は、冷徹社長に溺愛される   第45話 勝つまで、キスも我慢するつもりか

     燎は笑みを浮かべたまま、すぐには答えなかった。説明会後の控室で、私たちは向かい合っている。  目をそらしたら、冗談にされそうで、私は見つめ返した。  早く答えてほしい。このままでは、何でもいいから欲しいと、余計なことまで言ってしまいそうだった。  燎が、少し顔を寄せた。 「俺の一日をやる。誰にも邪魔させない」  それから、テーブルに置いたままの腕時計へ手を伸ばした。 「それ、明日もくれるの?」 「明日は仕事だ。勝った後は、君の好きにしていい」  時計をつけながら、燎が私を見た。 「仕事でも、それ以外でも」  わざと、最後をゆっくり言った。  その視線が、私の口元へ下りた。仕事以外に何を欲しがるかまで、分かっているのだろうか。 「難しい交渉を全部頼んでも?」 「構わない。だけど、本当にそれが欲しいのか?」  燎は時計の金具に指をかけたまま、私を見た。  口元には悪戯っぽい笑みがあった。そのくせ、私を見つめる目は熱い。  まるで、欲望を丸裸にされているみたいだった。  交渉なんて口実だと、分かっているの?  仕事がなくても二人で会いたい。私だけを見てほしい。  でも、それをどう言えばいいのだろう。 「……何が言いたいの」  私は燎を睨んだ。  燎は小さく笑い、少し軽い調子で続けた。 「それとも、仮説でも聞いてほしいのか」  え?  懐かしい言い方に、私は動きを止めた。  まだ話したいと口にする前に、続きを促してくれる。そんな人が、昔もいた。  顔も本名も知らないまま、夜中まで研究の話をした人。 「あと五分。ひとつだけ、仮説を聞いて」  九年前、私はよくそう言って、その人を引き止めた。反論されれば腹が立つのに、返事が来るのは嬉しかった。  研究の話なら翌日でもよかった。それでも、会話を終わらせたくなかったのだ。  顔も本名も知らない。会ったことさえなかった。でも、あの人から返事が来るのを、毎晩待っていた。  私は確かに、あの人に好意を持っていた。  私は燎の顔を見た。  もし、あの人が、この男だったら。 「……あなたなの?」  燎の指が止まった。 「何のことだ」  私はその顔を見つめた。  あの人も、私が話し足りないことをすぐ見抜いた。まだ何も言っていないのに、続きを聞くつもりで返事をくれた

  • 夫がメイドを私の名前で抱いた――すべてを奪われた元・天才医療研究者は、冷徹社長に溺愛される   第44話 その女は誰?

    「灯里が勝つところを、そばで見たいからだ」  燎は私を見たまま、真鍋の問いに答えた。説明会場脇の控室で、真鍋が黙る。  頬が熱くなった。手のひらまで、じんわり温かくなる。  私が勝つところを、見たい。  もう家で大人しくしていろとも、誰かに任せろとも言われない。この男は、私がやりたかったことを知って、一緒に勝とうとしてくれる。  嬉しかった。  今すぐ抱きつきたくなるくらい。でも、真鍋の前でそんなことはできるわけがなかった。 「一日なんて頼んでない」 「足りないなら増やす」  また、勝手に。  嬉しい。  でも、簡単に喜ぶ女だとは思われたくなかった。 「勝手に決めないで」 「今すぐ始めないと間に合わない。違うか」  違わない。そこが、なおさら腹立たしかった。  真鍋は何か言いかけ、口を閉じた。 「分かりました。病院側は私が引き受けます。開発の方は、どなたに声をかけますか」  燎は私へ目を向けた。 「形にするには、何が足りない」 「医師に何から見せるか、まだ決めきれてないの。診察する側の意見と、動くものにする人手が欲しい」  燎が、神崎修一教授とエリック・ウォルシュの名を挙げた。  一人は小児消化器の共同研究を率いる医師。もう一人は、海外の複数病院をつなぐ仕組みを作った技術者だった。  どちらも私が論文や講演で知っている人だ。父と、いつか意見を聞いてみたいと話したこともある。  真鍋が顔を上げた。 「お二人とも、面談の予定は半年先まで埋まっています。明日は難しいかと」 「俺が直接連絡を取る。明日の朝だ」 「待って。その二人に、明日?」 「会って何を聞くか、今から考えろ」  呼べることを疑ってもいない。  父と私が、どうすれば会えるだろうと話していた人たちなのに。  驚いたあと、急に楽しみになった。  私が開発で悩んできたことを、直接聞ける。  あの二人なら、どこを面白いと思うだろう。  断ろうとしていたことも忘れて、質問が浮かんだ。  燎は真鍋へ向いた。 「場所はSENOVAの開発室を使う」  真鍋が燎へ尋ねた。 「紗英様との会食は、どうなさいますか」 「俺から断る」  真鍋が控室を出ると、燎は電話をかけた。 「明日の食事には行けない。別の日にする」  静かな部屋に、女性の声がかすかに

  • 夫がメイドを私の名前で抱いた――すべてを奪われた元・天才医療研究者は、冷徹社長に溺愛される   第43話 楽しみは後に取っておく

    「まだ離婚してないんだから、夫でしょう」  私は燎を睨んだ。説明会場では、まだ医師が次の選考について話している。  私の仕事を取られた話をしているのに、気になったのはそこ?  腹が立つ。けれど、燎がいつもの余裕をなくしているのは、少し嬉しかった。  正臣を夫と呼ぶだけで、そんな顔をするの? 「仕事の話をしているのよ」 「聞いている。負けたな」  今は、莉乃の方が進んでいる。それは分かっている。でも、燎にまで負けたと言われると、悔しくてたまらなかった。 「まだ終わってないわ」 「なら、勝て。NEXUS ONEを通るまでは、金は出さない」  でも、勝てるの?  さっきの莉乃の答えを思い出した。何も言い返せなかった。次も、また私より先に評価されたら? 「俺を使っていい」  思わず燎を見た。  この人が一緒なら、勝てるかもしれない。  頼みたい。でも、ここで頷いていいの? 「……いらない」  こんなところで弱った顔を見せたくなかった。 「そう言うと思った」 「なら、放っておいて」 「プライドか?」 「あなたに借りを作りたくないの」  プライドは、もちろんある。でも、それだけじゃない。  助けてやると言われるたび、あとのことが怖くなる。仕事を渡し、生活まで任せたら、また何も言えなくなるのではないか。  正臣にも、最初は頼っていた。あの時だって、私のために動いてくれると思っていたのだ。  燎は私から目を離さなかった。 「それより大事なものがあるだろう」 「……何よ」 「息子のために作ったものまで、あの女に渡すのか」  息子を持ち出すなんて、卑怯だ。  断れなくなると分かっていて、言っているの?  けれど、莉乃はもう動くものを見せた。私は考えただけ。三十日で追いつき、追い越さなければならない。  一人でやれると意地を張って、そのせいで間に合わなかったら?  莉乃に負けたくない。奏汰のために始めた仕事を、もう一度あの女の手柄にされるのは嫌だった。 「どう使えっていうの?」 「君に足りない人間と場所を揃える」  使えと言われても、どう使えばいいのか分からない。人に何か頼む時は、断られないように小さくしてきた。  この男は、どこまで頼めば嫌な顔をするのだろう。 「……条件は?」  燎が顔を寄せた。 「閉会

  • 夫がメイドを私の名前で抱いた――すべてを奪われた元・天才医療研究者は、冷徹社長に溺愛される   第42話 いつまで、あの男をそう呼ぶつもりだ

     莉乃が、薄い端末をテーブルへ置いた。 「CARE-LINKです。ご覧ください」  同じ説明会場にいたNEXUS ONE側の医師が、莉乃の前へ出た。周囲の人たちも端末を囲む。  莉乃は正臣を見上げた。正臣がうなずくと、画面へ触れた。  食事、睡眠、薬、病院で測った数値が、一週間分並んでいる。  莉乃が腹痛の印を押すと、痛みが出る前の食事と睡眠時間が大きく表示された。病院での検査結果も、その横に出る。  父と二人で作った画面より、ずっと分かりやすい。  何度も画面を開き直さなくても、家と病院で起きたことを一緒に見られる。  さらに、莉乃は子供用の画面へ切り替えた。  身体の絵と、笑っている顔、泣いている顔が並ぶ。お腹を押し、泣き顔を選ぶと、医師が見る画面にも答えが現れた。  医師が、端末へ手を伸ばした。 「触ってみても?」 「どうぞ」  莉乃が端末を渡す。  医師は食事の印を押し、検査結果を開いた。もう一度子供用の画面へ戻ると、口元を緩めた。 「ワンダフル。これなら、小さな子も使えますね」  端末を囲んでいた人が、隣の男へ身を寄せた。 「あの画面なら、うちの子も答えられそうだ」  別の人も、見せてほしいと手を伸ばす。  世辞ではない。  私も、奏汰に使わせてみたいと思ってしまった。 「お腹が痛くなった時、その前に何を食べたか、眠れていたか。お薬のことも、一緒に見ていただけます」  莉乃が、落ち着いた声で言った。  奏汰が五歳の時、父の研究室で、私は同じことを言った。  ――痛い、だけじゃ昨日と今日を比べられない。食事も、睡眠も、薬も一緒に見たい。  それを、この女が自分の経験のように話している。 「あなたが、開発を率いているんですね」  医師が端末から顔を上げた。  莉乃は一度も私を見なかった。 「はい。私が責任を持っています」  莉乃は私と同じように、褒められた時だけ少し顎を引いた。  話し方まで似せる必要がある?  腹が立った。  私の言葉で説明し、私の仕草で褒められている。  でも、それだけではなかった。  前の面談では、質問の意味さえ分からなかった女が、この画面を迷わず動かしている。  説明を覚えただけかもしれない。  そう思いたかった。 「一つ、聞いてもいい?」  私が言うと、周

  • 夫がメイドを私の名前で抱いた――すべてを奪われた元・天才医療研究者は、冷徹社長に溺愛される   第41話 金で買われるような、安い女だったとはね

    「特許ごときが、自分たちを守ってくれると思っているのか。ずいぶん楽観的だな」  NEXUS ONEの説明会場で、燎はまだ正臣を見て笑っていた。 「特許は使わない」  燎の言葉に、正臣が鼻で笑った。 「では、何も作れない。灯里には会社も、開発者も、試験データもない」  周囲で話していた人たちが、こちらを見る。  燎は正臣を見据えた。 「最初から作り直す」 「ちょっと。作り直すのは私よ。そんなの無理よ」  燎が私へ顔を向けた。 「なら、この二人に全部渡して諦めるか」  私は唇を噛んだ。  渡したくないに決まっている。二人には、何一つ。  でも、何年もかけて作ったものを、また最初から作り直すの?  奏汰が五歳の頃、腹痛の原因が分からず、食べたものも薬も睡眠も、私が一つずつ記録した。父と何度も設計をやり直した。  CARE-LINKは、そうやって作ったものだ。  簡単に言わないでよ。作るのは私なのに。  燎が一歩近づいた。 「同じものを取り返すだけで満足する女なら、俺はここまで賭けていない」  強い目が、まっすぐ私を見ていた。 「俺が欲しいのは、CARE-LINKじゃない。次を作る君だ」 「何を……」  勝手な男だ。  私より先に、私が次を作ると決めている。  この男は、私の身体だけでなく、研究者としての私まで欲しいと言っている。  私の全てを。  嬉しかった。  欲しがられていると思うと、身体が熱くなった。  今、燎にキスしたい。  あの夜みたいに、自分から。  それを知られたくなくて、燎から目をそらした。  正臣の会社にあるのは、私が作ったCARE-LINKだ。  莉乃は、その欠点を見つけた。  なら、私は何を作る?  九年前、顔も本名も知らない男と考えた、新製品の構想が浮かんだ。  毎日、患者や家族が入力しなくても、機器や病院から必要な情報が集まる仕組み。  あの時は、大きすぎる構想だと思った。  理論上は可能だ。簡単には作れない。  でも、SENOVAの仕組みを使えれば、すべてを一から作る必要はない。  何より、奏汰が腹痛で苦しむ前に、異変に気づけるかもしれない。  あの子のために、まだできることがある。 「やるわ」  私は燎を見た。 「あなたの会社の仕組みを使う」 「ああ、その

Bab Lainnya
Jelajahi dan baca novel bagus secara gratis
Akses gratis ke berbagai novel bagus di aplikasi GoodNovel. Unduh buku yang kamu suka dan baca di mana saja & kapan saja.
Baca buku gratis di Aplikasi
Pindai kode untuk membaca di Aplikasi
DMCA.com Protection Status